コロンボ空港からバスで市内に出てきたつづきです。今回は余談です。興味の無いかたはスルーしてください。
初めてのスリランカなら、無理せずタクシー移動で
スリランカ旅行の場合、大きなスーツケースを持った旅行なら、空港からタクシーで宿に移動した方がいいです。
空港からコロンボ市内まで3,000ルピー程度。日本円にしたら1,920円くらい。成田から都内へタクシー移動するのと比べたら10分の1以下の金額。この金額なら、迷わずタクシーでしょう。
なるべく現地の人に近い行動をしたい
でも、私は将来的にスリランカに住みたい。だから、わざわざバスで移動するんです。環境が文化や国民性に与える影響って、すごく大きいと思うんですよね。
私はスリランカのことをもっと知りたい。「現地の人と同じ行動をしてみて、自分がどう感じるか?」を感じたいのです。
大混雑のバスで通勤する
コロンボ市内を歩いていると、頻繁にスリランカ人から声を掛けられるんですが、ちょっと話すと「毎日5時間かけて通勤しているんだ」みたいな人に遭遇します。
猛暑の中、大混雑のバスに乗って毎日、片道5時間。ちょっと信じられませんよね。でも、そう話してくれるスリランカ人は、みんな元気なのです。
私もサラリーマン時代は、通勤ラッシュ時間帯の埼京線、山手線で毎日通勤していました。車内は、独特の雰囲気があって、とても活力に満ちているという感じではありません。
スリランカ人だって、混雑した車内では、もちろん辛そうです。でも日本の車内とは違うんです。少なくとも日本みたいに殺伐としていない。
椅子に座った人が立っている人の荷物を持ってあげるのが当然で、みんな進んで助け合っています。もちろん旅行者である私にも親切にしてくれます。埼京線並みの乗車率にもかかわらずです。
スリランカ人が元気な2つの理由
もちろん、すべてのスリランカ人が元気とは言いません。でも、明らかに日本とは空気が違います。生き方に対する姿勢が違う。たぶん、スリランカ人が元気なのには、次の2つの理由がありそうです。
- 過酷な環境だから
- 自分で選択しているから
それぞれ説明していきます。
1.過酷な環境だから
正直、スリランカのバスの車内は過酷ですw 手すりをしっかり持っていないと転んでしまうレベルです。成人男性でもそうなのですから、女性や子供はもっと大変です。実際に転んでしまう現地の人もみかけます。
そんな状況の車内ですから、片手に荷物を持っていると危険です。成人男性である私も転びそうになります。それは、日本の電車で杖をつくご老人が手すりを持たずに立っているのと同じレベルです。
この状況のことは、みんな分かっているので、椅子に座っている人は立っている人の荷物を持ってあげるんですね。それはもう、当たり前のように立っている人が座っている人に荷物を渡しますw
日本だって、いまにも転んでしまいそうなご老人が目の前に立っていたら、自然と席を譲りますよね。それが、日常茶飯事、通勤ラッシュ時でも発生している感じです。
2.自分で選択しているから
日本人の旅行者として、ほんの上辺しかスリランカを見ることができていませんが、都会であるコロンボとスリランカの田舎では、かなり状況が異なります。
おそらく何時間も掛けて通勤しても、それに見合う見返りがあるのだと思います。少なくとも金銭的にはコロンボまで通勤する方が圧倒的に待遇が良いのでしょう。
そして、田舎は田舎で無理せず、ゆったりと暮らしているのです。「お金を稼ぐために頑張る」あるいは「お金はそこそこでもゆったり暮らす」そうゆう決断をみんなが自分でちゃんとしているように感じます。
頭で生きる日本人、心で生きるスリランカ人
ちなみに、2年ほど前にニコ生で話した内容なんですが、スリランカに行くと毎回おなじことを感じます。よろしければYouTubeもご覧ください。
不便だからこそ、ゆっくり考える時間がある
今回のスリランカ旅行で「考える時間がたくさんあるなぁ」とすごく感じました。スリランカは日本みたいに予定通りに移動できないので、中途半端な待ち時間がたくさん発生します。
これは日本にいると「無駄な時間」と認識される類の時間です。でも、予定通りに移動できないからこそ、余裕をもった行動をするので、日本にいるときより、なんだか心に余裕があるのです。
だからこそ、自分がいま本当にやりたいことを考えたり、困っている人がいたら助けてあげることができます。
日本の通勤ラッシュ時の「あぁ、乗り換えに失敗したら遅刻する!駅に着いたらダッシュしなきゃ!」みたいな状況では、とても他人に優しくすることはできません。
他人に対する態度が自分に返ってくる
ちょっと話が難しくなってしまうかもしれませんが、心理学用語で「ストローク」というものがあります。これは、簡単に言うと「他人に対する態度」と考えてください。
そして、ストロークには「ポジティブなストローク」と「ネガティブなストローク」があり、「他人に与えたストロークが自分に返ってくる」という理論です。詳細はGoogle先生に聞いてください(苦笑)
日本の通勤電車の車内は「ネガティブなストローク」に溢れています。
立ち位置が悪くても譲ってくれない。だから転びそうになって、その人に体重が掛かる。
私は立ち位置を譲ってくれないからイライラする。寄りかかられた人は、体重が掛かるからイライラする。みんなイライラしてる。イライラが伝染して、どんどん増幅します。
これって、頭で損得勘定をしているから発生する事態なんですよね。
スリランカの通勤バスの車内は「ポジティブなストローク」に満たされています。
混雑していても、なんだかみんな少しずつ立ち位置を譲ってくれるのです。
私は重心が安定するのでしっかり立てる。譲ってくれた人も重心を保てる程度に譲ったからしっかり立てる。
譲ってくれたら笑顔で「ありがとう」と言う。言われた人も笑顔で「どういたしまして」と言う。だから、同じ辛い状況でもみんなイライラしてない。
これって、困っている人がいるから助ける。心で判断していると感じませんか?
でもさ、これって幼稚園で習うことなんだよね…
とてもとても簡単なことなんですよね。でも、日本では、その心の余裕が持てない。持てなくなってしまう。日本人の性格が悪いわけじゃない。状況が、環境が、その態度を引き出してしまっている。そう感じるのです。
あまりにも効率を重視した結果のような気がしていますが、その原因が、私にはまだ分かりません。あなたは、どう感じましたでしょうか?
2/18昼につづく
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